北大路、阿佐ヶ谷にあった小粋な居酒屋

和服を粋に着こなした女将さんがいた伝説的居酒屋の話。


阿佐ヶ谷北口アーケードを入ってすぐ左側の路地の突き当りに「北大路」という居酒屋がありました。
昭和の風情がそのまま残る1軒家で、竹垣があり、曇りガラスの格子戸の玄関を入ると、
土間の左側に3帖ほどの畳小上り。駅前の喧騒は嘘みたいに、BGMもなく、客は皆、小声で静かに話していて穏やかで。もちろん酔っ払いなどは追い出される。
まるで江戸時代の商家の番頭さんが座っていたような算盤をはじいている格子状の机と火鉢。
そこには常に和服を粋に着こなした女将さんが、粋にキセルをもって正座しています。その小上がりの舞台を囲むように、薄い天板だけのカウンターがあり、6名ほどの客が対面する。
土間の右奥には4人掛けのテーブルが2、3卓。奥の座敷がひとつ。店に入ると、おかみさんにうながされて坐って待っていると、割烹着を着たおばあちゃんのお手伝いさんが奥の暖簾から出てきて「何になさいますか?」と注文を聞きに来る。


冬は長火鉢でお燗をしてくれる。日本酒の種類は少ない。辛口の「鬼殺し」か「剣菱」などの渋いお酒が数本置かれているだけ。あては質素。豆腐。味噌漬け。塩辛。など。おでんもあったと思う。小料理屋のような雰囲気から言えば価格はかなりリーズナブル。

料理は女将さんのお姉さんが拵えていると聞いたけど、その人かもしれない。噂では、あの北大路魯山人とゆかりの方と聞いた、定かではないけれど。20代前半の私が、大人の酒場という空間を初めて教わった店である。今では、そういう店がなくなってしまったけれど、飯田橋の「伊勢藤(いせとう)」に近いかもしれない。

後日、「北大路のこと」について書かれたページをとうとう見つけました。サイトにリンクします。

北大路のこと

以下、引用します。

阿佐ヶ谷の北口に小さな商店街があります。熊谷真美ちゃんの実家が毛糸やさんをやっている店もこの中にありました。
この向かい側に、北大路がありました。
定年まで、農林省の利き酒担当官をなさっていた方が出された、小さな酒所です。

それは知りませんでした。おかみさんにしか会ったことがなかったんです。というか記録は2008年。もっと以前のことを思い出して書かれているようですが、

ご主人は、店の真ん中にある囲炉裏の前に、きちっと正座をしています。
自在鉤に下げられた、大きな南部鉄瓶で、静かにお燗をしています。

ご主人は一滴も酒は飲みません。口に含み、味わった後、総てだし、口を漱ぎます。
飲み込んでは、味がわからなくなるんだそうです。

15人も入れば満席になるような、小さなお店です。
作曲家、小説家、画家、演劇人,等々かなり名の知れた方々が集う場所でした。

店では、一切私語をしないことが仕来りのようでした。何方もただ黙々と酒を飲みます。

そうです。私は数回伺った時は、いつも和服のおかみさんが囲炉裏の前に、きちっと正座をしていました。

ご主人がたまにぽつぽつと話し始めます。20歳のとき私は連れられて此の店に入りました。
此処で酒の飲み方を、一から教わりました。スタートは選杯からでした。
お盆に載せた20種類くらいある杯を、今日は,どれでやりますか?と言って、
形も、銘柄も違う沢山の中から、一つを選び出すのです。

ご主人から聞いたお話です。

酒のなかの酒は剣菱である。剣菱を酒の基本とし、これより辛いものを辛口とし
これより甘いものを、甘口と定める。

剣菱が江戸で大評判を取り、これぞ名酒と喝采されたのは、当時灘から酒樽に詰めた
剣菱は、舟に積まれ、波に揺られ揺られて江戸までたどり着いたのだが、此のことが
えもいわれぬ、味と香りを賞賛される元となったのである。

堀部安部衛が、高田に馬場に駆けつける前、叔父さんの羽織の前で酒を飲むシーン
あの時の、徳利の酒は、剣菱である、云々・・・・

いや~渋い話ですねえ。剣菱ですもんねえ。本当に良い店でした。ご馳走様でした。



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